スピカ。

さよなら、真珠星

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【創作】
Stardust Childrenムーンラビットスノウドロップ世界の果てでグッドバイアオイサカナThe Golden Afternoon螢火の夜ねぇ、神様扉の向こうLucid Dreamシネンシス短冊ラブレターオモイアイせかいそうぞう銀河鉄道の猫ディア・スプートニクやがて、魔法が解けるとき


【2次創作】
APH
漸近線の恋(リトベラ)

まどかマギカ

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近頃のこと

お久しぶりです。
なんか毎回このセリフを言ってる気が…

気が付いたら高校を卒業していて、気が付いたら大学に入学してました
更新が止まっていたのは大学生活が忙しかったから…ということにしておいて下さい←

ここ最近応募&参加させてもらったもの
上昇賞
「女の子がエスカレーターをのぼっていくところ」で終わる小説というちょっとかわった条件がついた賞に応募させていただきましたー!
このようなシチュエーションは書いたことのなかったのでとても面白かったですー
残念ながら賞はとれませんでしたが…

百合物語
こちらは企画ものですー!
分かりやすく言うと百合百題でしょうか…
2つほど書く予定なのでなにとぞー!
まだまだ参加者を募集してるようなのでよろしければぜひ…!
雑記 | コメント:0 | トラックバック:0 |

やがて、魔法が解けるとき


 高校生活という物には、魔法のような何かがかかっているんじゃないかと僕は時々思う。
 シンデレラが魔法使いのおばあさんにかけられたような、みずぼらしいものを美しく変化させるような、そんな魔法。
 けれどもそれがシンデレラのかけられたものと同じなのだとしたら、終わりだってもちろんあるわけで。
 僕たちにとっての12時は、3月9日。
 それは卒業式の日だった。

 自教室のベランダから校門の方をぼんやりと僕は見つめていた。
 泣きながら、もしくは笑いながら校門を出ていく生徒の胸に付いている真っ赤なバラが、春の暖かな風に揺れている。
 風は校門の方から校舎へと向かって吹いているため、バラが名残惜しそうに校舎の方を見ているようにも見える。
 「なー、荒井。お前帰らんの?」
 ベランダの手すりに肘をつきながら、隣に立っていた藤田が言う。
 最後のホームルームが終わってから、随分と時間が経っているせいか自教室には僕と藤田しか残っていない。
 黒板には色とりどりのチョークで『3C最高!』と書いてあった。それを見て改めてもう卒業なんだなと実感が湧く。
 「ごめん。僕、寄りたい所があるから先、帰ってていいよ」
 僕の返事が不満だったのか藤田はむっとしたような表情で、
 「一緒に帰れるのも今日が最後だってのに、薄情やなー。お前は」
 藤田は4月から東京の大学へと行くらしい。僕は地元の国立に通うことになっている。
 だから藤田の言う通り、二人で一緒に帰れるのはこれが最後。
 次会うとしたら同窓会か何かだろう。
 「ごめん」
 僕がそう謝ると、藤田は気まずそうにぽりぽりと頭をかいた。
 「そんな謝らんでも、別にええって。泣いても笑っても、今日が最後なんだから」
 にへら、という形容詞が似合いそうな笑みを浮かべた後、藤田は僕の耳元で囁いた。
 「告白、だろ?」
 「別にそんなんじゃないよ」
 「隠さなくても、ええやんか」
 藤田が僕の脇腹を小突いた。
 「それじゃ、邪魔者はさっさと退散するかー」
 僕の制止の声も聞かずに、藤田はベランダから教室内へと入り、自分の机に置いてあった鞄と卒業証書の入った黒い筒を手に取った。
 「あ、そういえばさ、荒井」
 こちらの方を見ずに藤田は言う。
 「なに?」
 「この後のクラス会、お前出る?」
 そういえばそんなものがあったなと、藤田の質問で思い出す。
 確か午後4時に駅前に集合だったか。
 「一応、最後だし、な」
 「そだな。じゃ、俺も出るとするか」
 教室を出る直前に藤田はこちらの方に振り向いた。
 「それじゃ、また後でな」
 軽く手を振ってきたので、僕も振りかえす。
 「また後で」
 これが最後の『また後で』なのかと僕は藤田を見送りながら、思った。

 告白がその人との関係を繋げるものなのだとしたら、僕がこれからするのは告別だろう。
 僕はその人との関係を絶ちに行くのだ。
 静まり返った校舎内を僕はただ無言で歩く。
 どこか遠くからすすり泣くような声が時々聞こえてくる。まだ校舎内に残っている生徒もちらほらとはいるようだ。
 しばらく歩くと目的地に着いた。廊下の突き当たりにある教室。ドアの上の方についているプレートには掠れかけた文字で『図書室』と書いてある。
 僕はそっとドアを開けて、中に入る。紙独特の匂いが鼻孔をくすぐった。
 「おや、君か」
 カウンターの方から声がかかる。
 「斉藤、先生」
 斉藤先生。僕が告別しに来た人。
 僕が入学したと同時にこの図書室の司書として学校にやって来た。
 「それで、卒業式だっていうのに友達と帰らずにここへ来るなんて、君は何を考えているんだね。全く」
 艶々とした真っ黒い髪の毛をかき上げながら、斉藤先生は言う。
 先生の黒い瞳が僕を捉えて離さない。
 「先生と話がしたくて」
 「私とかい? 本当に変わってるね、君は」
 呆れたように言いながらも先生は僕に椅子を差し出してくる。
 「お茶を淹れてこよう。少し待っていてくれ」
 「はい」
 僕の返事を聞くと、先生はカウンターの奥にある部屋へと入っていった。
 先生にこうしてお茶を淹れてもらうのは、もう何回目のことだろう。
 ほぼ毎日、僕は放課後にここへと来ていた気がする。
 それも今日が最後だと思うと、何故だか胸が苦しくなる。
 最後という概念はこんなにも辛いものだったのか。
 最後のホームルーム、最後の別れの挨拶、そして最後の斉藤先生との時間。
 今日だけで一体いくつの最後と出くわしたのだろう。
 「先生」
 僕は部屋の奥にいる先生に呼びかける。
 「なんだい?」
 先生の声と同時にお湯を注ぐ音が聞こえた。
 「最後って辛いですね」
 「なんだね、唐突に」
 ふ、と先生が笑ったような気がした。
 「別れってなんであるんでしょうね。終わりなんてなければいいのに」
 なければこんな悲しさも淋しさも感じることなどないのに。
 「荒井君」
 先生がマグカップを二つ持って部屋の奥から出てきた。
 水色のマグカップを僕の方に、赤いチェック柄のマグカップを自分の方に置いて、先生は椅子に座った。そして紅茶を一口飲んでから再び先生は口を開く。
 「別れを否定するってことは、出会いを否定するってことと同じことだよ」
 「同じこと…」
 「そうさ。誰の出会いは誰かの別れってね。そんなことを歌った歌があったはずだ」
 それとも、と先生は続ける。
 「君は今まで出会ったことの人たちを否定するというのかね?」
 「そんな、こと、は」
 ないです、という言葉は音にならずに消えた。
 「…ま、教師というのは出会いの喜びと別れの辛さを3年置きに経験しているから、感覚が麻痺しているだけなのかもしれないけれどね」
 「先生もやっぱり辛いんですか?」
 「辛いとまではいかないが、やはり喪失感というものは少なからずあるよ。毎日ここへ来ていた君が来なくなったら、きっと私は君の代わりを待つのだろうな」
 僕の代わり。それはどういう意味なのだろうか。
 それは僕が先生の中で特別な存在だったと、そう、うぬぼれていいのだろうか。
 僕のそんな視線に気が付いたのか、先生ははぐらかすように笑った。
 「…なにはともあれ卒業おめでとう」
 「ありがとう、ござい、ます」
 気が付くと涙声になっていて、制服のズボンの上に点々としみが出来ていた。
 おかしいな。式中も最後のホームルームでも涙なんて出なかったのに。
 必至に流れ落ちる涙をぬぐおうとしていると、ふわりとした温かいものが僕を包むような感覚がした。
 「泣けよ、少年。人前で泣くことが出来るのはこれが最後かもしれないのだから。私にはこれぐらいしかできないのだから、泣きたまえ」
 僕を抱きしめながら、先生は耳元で囁くように、けれども凛とした声で言った。
 「そうして、私の分まで泣いてくれ」
 「…はい」
 僕が掠れた声で頷くと先生はぎゅ、と強く抱きしめた。
 先生。先生。僕がどれだけこの放課後の時間を楽しみにしていたか知っていますか。
 先生にとってはたった3年間だけの、それも3年間ともに言葉を交わし、笑いあった何人もの生徒の内の一人だったのかもしれないけれど、
 それでも、僕は、
 先生のことが大好きだったんです。
 想いはどんどん涙とともに流れ落ちていった。

 それから十分ほど経って、涙も枯れ果てたのか、しゃっくりをあげながらもなんとか話せる状態まで戻ることができた。
 我ながら情けないと思う。
 先生の抱擁から解放されて、顔を上げるとマグカップから湯気が立っていた。
 「飲みたまえ。落ち着くだろうから」
 どうやら先生が気をきかせて、もう一杯淹れてくれたらしい。本当に、情けない。
 「いただき、ます」
 いまだ微かに震える手でマグカップを持って、口をつける。
 熱すぎず、かといってぬるすぎず、ちょうどいい温度の紅茶。
 これを飲むのも最後だと思うと、枯れ果てたはずの涙がまたじわりと瞳に滲んでくる。
 僕はそれでも泣くのをぐっとこらえて、ごまかすように一気に紅茶を飲み干した。
 「落ち着いたかね」
 先生は優しげな瞳で僕を見る。
 「すみません…めいわくを」
 「気にするな。それに私の分まで君が泣いてくれたから、私もだいぶ気が楽になったよ。それにだね、卒業式とは泣く日だよ。君が負い目を感じることはない」
 「そうですね」
 僕は手に持っていた、マグカップを机の上に置く。
 そしてゆっくりと立ち上がった。
 「先生」
 「なにかね?」
 先生は見上げるようにして僕の方を見る。
 「僕は、先生のことが大好き、でした」
 「…過去形なのかい? 告白なのに?」
 苦笑いで先生は答える。
 「いいえ、これは告白ではなくて、告別です」
 「告別、か」
 「ええ」
 僕の言葉に対して、一瞬だけ淋しそうな表情をした後、先生は立ち上がる。
 「なら、私も言うべきだろうな。別れの言葉を」
 先生は優しげに微笑んで、
 「改めて言おう、卒業おめでとう。これからの君に明るい未来がありますように」

 まるでシンデレラの12時を告げる鐘のように、校舎中にチャイムが鳴り響いている。
 けれども僕たちには階段に置いてくるガラスの靴もなければ、追いかけてくる王子様もいない。
 それがバッドエンドなのかハッピーエンドなのかなんて誰にも分からない。
 僕は昇降口で革靴に履き替え、校舎の外へと出る。
 春風が僕を追い越して校舎の中へと吹き込んでいった。
 僕は振り向かずに歩いていく。
 やがて校門の前まで来たところで、少しだけ足を止める。
 ここが境界線。ここを超えればもう僕は高校生では、シンデレラではなくなる。
 僕はもう一度、滲み出てくる涙を拭って、一歩前へと歩きだした。
 そして、魔法は、解けた。


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 潮の香りと闇が辺りを満たしていた。
 ぱしゃり、と水音を立てながら僕は歩いて行く。
 足元には一面の宇宙が揺らいでいる。
 「やっと、着いたよ」
 思えば、長い長い旅だった気がする。
 僕が、いや僕たちが切望していたこの地に、
 ――僕は、今、一人で立っている。



ディア・スプートニク


01. 
 「ねえねえ、お兄ちゃん」
 妹が僕の服の裾をひっぱりながらそう、尋ねてくる。
 「なんだい?」
 「地球って何色なの?」
 「青、だよ」
 僕はつい最近読んだ科学雑誌の記事を思い出しながら答える。
 「青色なんだ」
 妹は嬉しそうにふふっと笑う。その表情がとてもかわいらしくて、愛おしかった。
 「…お兄ちゃんは宇宙飛行士になりたいんだよね?」
 「そうだよ」
 正確には違う。
 僕が宇宙飛行士に成りたいのは、ずっと前に妹に言われたから。
 『――お兄ちゃんには宇宙飛行士がぴったりだと思うよ』
 妹の喜ぶ顔が見たくて、僕は宇宙飛行士を目指している。
 不純な理由かもしれないけれど。
 「もし宇宙飛行士になったらさ、お兄ちゃん」
 「ん?」
 「写真絶対に撮って来てね」
 「そうだね」
 約束だよ、と妹は言って僕と指きりをした。

02.
 数年前に起きたツングースカの大爆発のせいで僕は家族を失った。
 原因不明の爆発だった。数十キロにも渡って被害は広がり、そのぎりぎりの所に僕の家はあった。
 奇しくもその日は宇宙飛行士養成学校の合格発表の日で、僕は結果を見に一人で首都に出かけていたのだ。
 遺骸も、形見も、何もかもが爆発と共に消え去ってしまった。
 最初から僕に家族なんていなかったみたいに。
 もう死んでもいいとさえ思った。独りでこの国で生きて行くことなんて到底不可能だと思っていた。
 けれども妹との約束があったから、それだけが支えだった。約束だけが家族との繋がりだった。
 やがて養成学校でクドリャフカとリサという二人の少女に出会った。彼女たちにも家族なんてものはもう、いなくて。
 一人では無理だけど三人だったらこの国でも生きていくことができる。そんな不確かな確信をあの頃の僕は感じていた。

 「――失礼しました」
 上司の部屋から出てくると、目の前にリサとクドがいた。
 「ねえねえ、なにを話していたの?」
 「落ち着きなって、ほら、プショークも困ってるよ?」
 興味津々に聞いてくるリサと、それを制するクド。けれどもクドの瞳はきらきらと何かを期待するかのようにこちらを見つめている。
 僕はもったいぶるようにして、ゆっくりと口を開いた。
 「今度の、有人実験のテストパイロットに選ばれた」
 人類初の有人飛行実験。光栄にも僕はそのパイロットに選ばれた。
 これでやっと妹との約束を果たせる。
 「ちょっと、すごいじゃん!!」
 「ね!プショークすごい!すごい!」
 二人ともまるで自分のことのように喜んでいる。なんだか照れくさい。
 「実験は明後日だって」
 「…なんか急だね」
 「きっと情報を外部に漏らしたくなかったからだよ」
 ふーん、と少しだけ不審気にリサは頷く。
 「…ならいいけどさ。ま、とりあえずおめでとう。失敗したら許さないからね」
 僕の背中をばんっと強く叩くと、リサはお祝いの準備だ!と叫びながらどこかへ走り去って行った。
 「リサってば…」
 少しだけ呆れ気味に僕とクドは笑う。
 「でも、おめでとう。これでやっと、妹さんとの約束が果たせるね」
 「そうだね」
 「プショークが人類初の有人飛行かー。嬉しいけどちょっとだけ悔しいかも」
 少しだけ拗ねたようにクドは言う。まるで子供みたいだ。
 「ねえ、プショーク」
 「ん?」
 「がんばって、ね」
 ふわりと優しげにクドは笑った。
 「うん」
 廊下の向こうからたくさんのお菓子と飲み物を抱えて走ってくるリサが見えて、僕たちはもう一度笑った。



 …。
 …。
 真っ白な空間に僕一人だけが立っている。
 辺りを見回しても誰もいないし、何もない。
 …夢か? これは、夢なのか?
 「やあ」
 急に前から声がかかった。
 いつの間にか目の前に人影。
 銀色というか限りなく白に近い髪の毛。そして曇天のような灰色の瞳。
 少女とも少年ともとれる。
 初めて見るはずなのに、初対面という感じがしない。むしろ今までずっとそばに居たみたいな、そんな感じがする。
 「君は?」
 おそるおそる問う。
 「スプートニク」
 まるでなんでもないことのようにそう、答えた。
 「え?」
 「スプートニク、だよ」
 「…もう一回」
 「スプートニク」
 「…ワンモア」
 「…スプートニクって言っているじゃないか! 何回言わせるんだよ! もう!」
 「本当に? スプートニクって、あの? 僕が乗る人工衛星の?」
 何度も同じことを聞く僕に腹が立ったのか、苛立たしげにスプートニクは答える。
 「そうだよ。君は旅の道連れのことさえも分からないのかい?」
 旅の道連れ。それはスプートニクの意味。
 開発者は随分と皮肉な名前を付けてくれたもんだと思う。
 つまりは運命を共にするということ。無事、生還する時も。そして、死ぬ時も。
 「…割と気にいっている名前なんだけどね。スプートニクって」
 僕の心をまるで読んだかのように、スプートニクは呟いた。
 「旅の道連れ――さしずめ運命共同体って所だろ? それってさ、君と同じ立ち位置にいるってことでしょ?」
 「立ち位置?」
 「乗る、乗られるの関係でもなんでもない。そこに上下関係なんてないってことさ。つまり、」
 そこでスプートニクは一旦言葉を切る。
 「仲間ってことだろ?」
 「…!」
 「だからさ、話したいと思ったんだ。君とね」
 「じゃあ君は僕以外のクドとかリサとかにも?」
 スプートニクは静かに首を横に振った。ノーということか。
 「残念ながら。なんでだろうね、それにはきっと理由があるはずだけどさ」
 「理由?」
 「ああ。大体見当は付くけど」
 「それは僕には教えてくれないのか?」
 「あくまでも予感だからね。一応は機械の身としては曖昧なことは言いたくないね」
 プライドだよ、とスプートニクは言う。
 人工衛星としてのプライド。
 「機械は曖昧な答えは出さない…か。確かにそうだね」
 僕を頷いたのを見て、スプートニクは静かに口を開いた。
 「ねぇ、君は何のために宇宙(そこ)へ行くんだい?」
 と、スプートニクは僕にそんな疑問を投げつけてきた。
 「名誉のため? お金のため? はたまた好奇心?」
 「そうだな…」
 単純な答えとしては妹との約束のため、だろう。
 でも、あえて言うのであれば――
 「――生きるため、かな?」 
 「へえ」
 スプートニクは興味深げに頷いた。
 「随分とおもしろいことを言うんだね。君って」
 「じゃあ逆に聞くけど、」
 「ん?」
 「君は…君こそ一体何のために?」
 その質問を聞いてスプートニクは深いため息を一つ、ついた。
 「あのねえ、君。そういうことを聞くのは野暮ってもんだよ」
 「どうして?」
 再び疑問をぶつける僕に対して、スプートニクは腕を組みながら、
 「じゃあ君は人間がどうして生きるのか? って質問に答えることができるのかい?」
 僕は静かに首を振る。
 スプートニクはほらね、とでも言いたげな目で僕を見た。
 「宇宙に行くこと、それ自体が存在意義であり、そのために作られたんだからさ、そこに理由なんてないんだよ」
 「じゃあなんで僕に理由を聞いたんだい?」
 「なんとなく、だよ。選択肢を持つ人間がどうしてこの道に来たのか知りたかったのさ。選べた者が何をもって、何を考えて選んだのかを、ね」
 「その訳を君は理解することはできたのかい?」
 問いに対し、スプートニクはさあね、と短く答えた。聞いておいて何なんだよ、と少しだけ思った。
 「林檎を食べたことのない者に対して、林檎のおいしさをいくら説明しても完璧には理解できないのと同じことだよ。選ぶことの出来ない“物”にとってそれは些か複雑で、難しい」
 者と物。いくら僕とスプートニクがこうやって夢の中で対峙し、話し合うことが出来たとしても、それは埋めることのできない絶対的な違いだ。
 「ま、それでも貴重な意見を聞けたことには間違いないんだけどね」
 そう言ってスプートニクは陶磁器のような真っ白い手をこちらに差し出してきた。
 「これから…いや、これからもよろしく。プショーク」
 僕はその手をしっかりと握って、答える。
 「こちらこそ。スプートニク」
 握手を交わした後、スプートニクが透けていることに気がついた。
 「驚くことはないさ。夢から覚めるだけだよ」
 いたって冷静にスプートニクは言う。
 「また、会えるかい?」
 「泣きそうな顔をしているけどね君、朝起きたら外に出てごらん? すぐ傍の発射台にいるから」
 「そっか…そうだよね」
 夢でこうして、会うのは初めてだけれど。スプートニクは今までずっと僕の傍に居たんだっけ。
 「けれど、またもしかしたら夢で会えるかもね」
 「…うん」
 スプートニクはくるりとこちらに背を向けて、ひらひらと手を振る。
 「また、後で」
 その言葉と共に、僕の意識は現実へと引き戻された。



 実験当日。
 僕は白い宇宙服を着こんで一人コックピットで準備が終わるのを待っていた。
 手にはカメラ。知り合いの広報担当に無理を言って借りて来たものだ。
 緊張でカメラを持っている手がかたかたと震えている。
 ――大丈夫。
 自身にそう言い聞かせる。
 なんたって、もうすぐ夢を叶えられるんだから。
 心配なんていらない。もう何回も練習したじゃないか。
 脇に付いている小さな窓から外を見ると、小さくクドとリサの姿が見えた。
 二人もこちらに気がついたらしく、ぶんぶんと大きく手を振って来る。僕も小さく振り返した。
 唐突にサイレンが鳴り響く。準備完了の合図だ。
 ノイズ交じりの管制室からの無線が、発射1分前ということを伝えてくる。
 もうすぐだから。もうすぐ、僕は約束を果たせる。
 発射まで3、2、1、0。
 僕は光に包まれた。まぶしい、太陽のような光。何も感じる暇もなく、僕はその光に飲み込まれそのまま意識を失った。

 それは些細なミスだった。けれどそれはドミノ倒しのように次のミスを引き起こし、結果的に僕は宇宙飛行士という輝かしい一時の夢を見るのと引き換えに、右足の自由を失ったのだった。
 自分勝手な人々はかの国との競争のために、子供たちの輝かしい未来を奪うのかと勝手に解釈して勝手に怒り狂っていた。
 そんなんじゃないのに、僕は本当に宇宙に行きたかったのに。いや、僕たちは本当に宇宙に恋焦がれていて、行きたいだけなのに。
 行き場のない怒りが、ふつふつと身体の底から湧いてくる。
 「君の代わりに、クドリャフカが宇宙へと行くことになったよ」
 退院して、久しぶりに研究所に行くと僕の上司は淡々とそのようなことを述べた。
 「そう、ですか」
 予想は出来ていたことだったので、さほどショックではなかった。右足の動かない僕はここにいる価値などないのだ。別にそれはここだけの話ではない。この国では、国にとって有益をもたらさない者は価値がないのだ。
 きっと明日までに荷物をまとめて、ここから出ていけ、とでも言うのだろう。
 「君はこれからどうするかね? 私たちは宇宙飛行士としてだけではなく、研究者としても君を高く評価している。君さえよければ今度は研究者として、宇宙開発に貢献して欲しい」
 それは想像もしてなかった言葉だった。僕のことを上司がそこまで高く評価しているなんて以外だった。
 「…少しだけ、考えさせて下さい」
 動揺していて口から出たのはそれだけだった。
 「ああ、ゆっくり考えたまえ」
 「…失礼します」
 上司に頭を下げ、僕は部屋を出た。
 久しぶりの研究所は普段と何ら変わりはなかった。
 むしろ二回目の有人飛行は絶対に失敗できないというプレッシャーのせいか、研究所の中は焦りに包まれていた。
 研究員の人たちは廊下で僕とすれ違うと、少しだけぎこちなく挨拶をした後、急ぎ足で自分の研究場所へと向かって行く。
 今は僕のことよりもクドのことが大事なんだな、と自分で思って少しだけ悲しくなった。
 しばらく廊下を歩いて、クドやリサたちがいるであろう場所の前で少しだけ立ち止まった後、なんとなく今は合わない方がいいような気がしてそのまま寮へと戻った。

 動かない右足を無理やり引きずりながら僕は展望台へと続く階段を上る。
 明日、発射する前にもう一度だけロケットを見ておきたかった。
 こんな身体になっても、まだ僕は宇宙飛行士になるという夢を捨てきれてないらしい。
 でも本当は宇宙飛行士じゃなくてもなんでもいいのかもしれない。
 ツングースカの大爆発で家族を失い、生きる希望を失くしかけた僕が妹と約束したというだけですがっていただけかもしれない。家族との繋がりがなくなってしまわぬように。
 そして何より妹との約束だけが僕の生きる理由だった。
 そう考えるとあの事故は天罰だったのかもしれない。
 他人にすがって生きようとしていた僕への。
 長い時間をかけて階段を登り切ると、開けた場所にでた。展望台だ。ここからでもロケットはよく見える。
 暗闇の中、目を凝らすと人影が見えた。どうやら先客がいたらしい。それも見覚えのある姿だった。
 「…クド?」
 「プショーク?」
 クドは一瞬だけ驚いたような表情をした後、いつものように優しげに微笑んだ。
 「久しぶり、だね。あの事件以来だね」
 「うん」
 少しだけぎこちない会話。クドはきっと僕の代わりに宇宙へ行くことに負い目を感じているのだろう。
 「…ごめんね。プショーク。私、」
 「いいんだ」
 僕は無理やりクドの言葉を遮った。
 別にクドが負い目を感じる必要なんてどこにもない。
 「でも、」
 「別にクドは悪くない。いや誰も悪くないんだ。ただちょっと運がなかっただけさ」
 僕がそう言って笑うと、ぎこちないもののクドも少しだけ笑った。
 「…元気そうでよかった。リサも心配してたよ」
 「そっか」
 少しだけ嬉しかった。心配される自分がいて、心配してくれる人がいることが。
 「私ね、怖いの」
 「クド?」
 急にクドはそうぽつりと言った。
 「最初はさ、宇宙に行けるならなにがあったってかまわないと思ってたの。たとえ自分の命とひきかえでも」
 でも、とクドは俯きがちに言う。
 「本当に自分勝手だと思うけど、プショークが事故にあった時に怖くなったんだ。私も一歩間違ったらああなるのかなって」
 「怖いのはみんな同じさ」
 みんな仮面を被って、怖くないふりをしているだけだ。
 「プショークも?」
 「僕は…どうだろうね」
 僕は正直死んでもいいと思っていた。
 そうすれば家族とまた会えるから。
 ここに来たてのころは本当に心の底からそう思っていた。
 でもクドやリサと出会って少しだけ死ぬことが怖くなった。死んだらもう二人に会えないと思うと。
 「…でも事故にあった時、悲しかった」
 「どうして?」
 「妹との約束が守れなくて」
 「プショークは優しいんだね。私なんて自分の事しか考えてないってのに」
 夜風が優しく僕たちの頬を撫でた。静かな夜だ。
 「ねえ、約束しよ」
 「約束?」
 うん、とクドは頷いた。
 「無事に帰って来られたらさ、みんなであの場所に行こうよ」
 「あの場所って?」
 首を傾げる僕に対し、クドはふわりと笑う。
 「前にみんなで写真集で見たでしょ? ウユニ塩湖」
 「ああ」
 「あの写真はモノクロだったから。みんなでさ、見たいなって」
 「でも、もし無事に帰ってこられたとしてもしばらくは三人で旅行なんてできないと思うけど」
 「またすぐそういうことを言うんだから。何年かかってもいいの。いつか、絶対に三人で見に行こうよ」
 そう言ってクドは小指を差し出してきた。
 「ゆびきりしよ?」
 その姿が妹と重なって、僕は小指を絡めるのをためらう。
 またあの時のようにこれが最後の約束になってしまったら。あの時のように約束を守れなかったら。
 「プショーク?」
 クドの声で我に返る。
 「…叶えられなくてもいいんだよ?」
 「え?」
 「どんなに時間がかかってもいいし、もしも叶えられなくても構わないよ」
 だって、とクドは続ける。
 「私が約束をするのは叶えて欲しいからじゃなくて、覚えていて欲しいから」
 なんで、そんなことを言うんだ。
 その言い方じゃ、まるで。
 「だから、忘れないで。この国はプショークの言う通り、寒くて厳しいけれど、それでも…そんな国でも春のように暖かくて優しい場所もあったってこと」
 「クド…」
 「それがここだってこと、そして私が…みんなが居たことを忘れないで。だからこそ約束して」
 クドが僕の方に改めて小指を差し出す。
 「みんなで一緒に、あの頃は若かったねとか懐かしんで笑い合いながら、あの場所に行こう?」
 「…うん」
 僕はそっと、ぎこちなくクドの小指に自分の小指を絡めた。
 今度こそ僕は約束を果たすことができるだろうか。
 「もう、行かなくちゃ、ね」
 絡めた小指を解いたあとにクドは言った。
 その声につられて時計を見ると、もうシンデレラの鐘が鳴るか鳴らないか、そんな時間だった。
 「うん、そうだね」
 本当は引き留めたかった。ずっとずっとここに居て欲しかった。
 だって、クドは言うから。
 まるでこれが最後の会話だって、そんな風に。
 けれども僕に引き留めることなんてできない。
 だから僕はこう言うしかないのだ。
 「がんばって」
 その言葉に答えるように、クドはいつかのようにふわりと優しげに笑って、
 「私、がんばるから」
 そう言ったきりもうこちらを振り向くこともなく、森の中へと消えて行った。



 …。
 …。
 また、ここだ。
 真っ白で何もない空間。
 「やあ」
 そして僕の目の前にいるのは、
 「スプートニク…」
 僕の態度が不満だったのかスプートニクは眉を少し釣り上げて言う。
 「なにしょぼくれているんだい?」
 そう言ってから、僕の足と手に持っている杖の方に視線をやる。
 「…もう飛べないんだってね」
 「ああ」
 「そして明日は別の宇宙飛行士が旅立つんだってね。全部、聞いたよ」
 誰から? という疑問は口には出さなかった。
 「今は話したくない気分かい?」
 じ、とスプートニクの灰色の瞳は僕を捕えて話さない。
 「そういうわけじゃ、ないけど。どちらかというと気持ちの整理がついてないっていうか、現実を受け入れられきれてないっていうか」
 もう宇宙飛行士ではいられないってことも。動かない足のことも。全部。
 「そういうものでしょ。現実っていうのは。ある日突然勝手に押し付けられるんだ。じゃ、あとはよろしくって感じで無責任に」
 「だからってそれを受け入れないわけにはいかない、と?」
 「いずれはね。大体、君は分かっていたはずでしょ? 宇宙へ行くことのリスクなんて」
 そんなの、分かっていた。けど、
 「分かっていても、受け入れることはできないと?」
 まるで僕の心を読んだかのようにスプートニクは言った。
 「…今は無理だけど、ゆっくりと受け入れてくさ。僕はそこまで弱い人間じゃない」
 それが僕の今できる精一杯の虚勢だった。
 そのことに気づいているのか、いないのか、スプートニクはそれだけを聞くと深く頷いた。
 「それでいいと思うよ」
 「…え?」
 「ま、頑張れとしか言いようがないけどね。さてこれで要件は終わりだ。今日は色々と開発者の連中に弄くり回されて疲れているんでね。これでお別れだ」
 「随分と勝手だな。聞きたいことだけ聞いてそれで終わりかい?」
 「…それだけ悪態がつけるなら大丈夫だよ」
 そう言って、無責任にスプートニクは消えた。
 意識がだんだんと遠のいていく。
 夢が、覚める。



 結局クドは戻って来なかった。
 打ち上げは無事成功した。けれど機体の破損により彼女と彼女の乗っていたスプートニクは宇宙で燃え尽きたのだ。
 まるで流れ星のように。
 人々の研究所や研究者への批判は収まることはなく、かえってますます高まった。
 かの国では反対運動も盛んに行われ始めているらしい。
 それが自分たちの国よりも僕たちの国のほうが先に宇宙に行ったという事実からきているのかは分からないけども。
 けれども、科学に犠牲は付き物だ。
 なあ、そうだろ。クドリャフカ?
 僕らは大人の手によって理不尽に殺されたんじゃない。
 そう言いたかったのに、僕らの声は小さすぎて、大人たちの都合のいい声でかき消されてしまう。
 結果的には僕も失敗そしてクドも失敗。そうすると残ったのはリサだった。
 打ち上げは一週間後。上司はリサにそう告げた。
 リサは余命一週間ってことだなと笑っていたが、僕は笑えなかった。



 …。
 …。
 「スプートニク…!?」
 驚く僕に対し、スプートニクはいたって冷静に、
 「何をそんなに驚いてるんだ君は」
 「だって、君はクドと共に」
 空で燃え尽きたじゃないか、と言おうとして言葉につまる。
 「それはたくさん存在しているスプートニクの一つにすぎないよ」
 「たくさんの内の一つ?」
 「そう。人間という種族があるように、ね。君と会っているのはスプートニクの代表と言ったところかな? そして君がスプートニクに乗る宇宙飛行士代表」
 スプートニクは僕を指さして言う。
 「でも…僕はもう宇宙飛行士ではないよ?」
 「そうだね。君は今、境界線上に立っている所だ」
 「じゃあ君と会えなくなる日も近いと?」
 「君がそういう選択をすれば、ね」
 そういう選択。つまりは僕が研究者になる道を選ぶこと。
 …いや、どちらにせよもう僕は宇宙飛行士ではいられなくなる。
 片足が動かない宇宙飛行士なんて。そんなものが必要とされるはずがない。
 どうせだったら片足を失っていればよかったのに。そしたら義足という手もあったのに。
 そこに足は存在しているのに動かせないなんて。僕は惨めだ。
 「結局、君とは旅立てなかったね」
 「…」
 「悔しいのかい?」
 「…」
 「旅の道連れとして同情して欲しいのなら、それは無理な話だ。機械に感情はない。あったとしてもそれはいたってシンプルな物でプラスとマイナスの感情。それだけだ」
 「…」
 「じゃあなんで人の形をとって現れているんだ、と君は嗤うかい?」
 「…君の方こそ嗤ったらいいじゃないか。なんで片足が不自由なのに宇宙飛行士なんて夢のまた夢のような物に未だに縋りついているんだい、って」
 「…諦めの悪い人は嫌いじゃないけどね。君は知っているかい?」
 「何を?」
 「開発者っていうのも諦めが悪いんだよ。この間も言っただろう? 君の事故の後も何とか修復しようと何度も弄くり回しちゃってさ。気持ち悪いことこの上ない」
 「でもそうして、君は宇宙に行けるんだろ」
 僕のついた悪態に、違うね、とスプートニクは言った。
 その言葉が意外で僕は思わずスプートニクの方を見る。
 「確かに行けるさ。でもそれは君の“旅の道連れ”じゃない。別のだ」
 「別の…」
 「そうさ、君の“旅の道連れ”は君と一緒に永遠に地上に縛りつけられる。言っただろう? 運命共同体だって。帰還する時も死ぬ時も一緒だって。悔しいのはみんな同じなのさ。君も、君の“旅の道連れも”、そして開発者も。みんな悔しくて、惨めだ」
 「…!」
 「だからさ、君は自分だけが惨めだってそう、思うのはやめなよ。それとも何かい? 君は自分が世界で一番不幸な人間だとそう思っているのかい?」
 スプートニクがしゃべり続けるのを僕は黙って聞いている。
 「不幸なのは君のように夢の端っこを掴みかけて振り下ろされる者じゃない。夢の端っこにさえ手が届かない、いや夢の端っこに手が届くかもしれない場所にさえ立っていない、そんな者だよ」
 「…っ」
 「それはこっちにとっても同じさ。製図だけされて破り去られる、そもそも概要を考えただけで没になる。発射台はおろか制作さえ、部品の一個さえ作られない。そんなのは日常茶飯事だよ」
 「…つまり、僕のは贅沢な悩みだと?」
 「何もそんなことは言ってないだろう? ただ君にはまだ未来があるってことさ」
 「未来?」
 「ああ、そうさ。自分が自分自身で無くなり新たなスプートニクに生まれ変わる、ここで終わりの君の“旅の道連れ”と違ってまだ君には未来がある。それとも何かい? 今ここで君は死ぬかい? 世界に絶望して君の“旅の道連れ”と共にこの世界から去るかい?」
 唐突に手のひらからずっしりとした感覚が伝わる。視線をそちらの方に移すと、いつの間にか僕の手は拳銃を握っていた。
 「止めないよ。君の好きにするといい」
 黒々と光っているそれは微妙に重い。これが命の重さなのか。だとしたらこれは軽いのか、重いのか。
 これを頭にあてて、引き金を引けば惨めな僕はこの世界から消え去ることができる。
 …本当にそれでいいのか? この世界はそんなに絶望に満ち溢れた、そんな世界だったのか?
 そうだ。この世界はいつだって絶望に満ち溢れている。
 たった一日で僕は家族を失い、たった一日で僕は生きがいを失った。
 …それは本当に僕の生きがいだったのか?
 そうだ。それは僕の生きがいだった。夢だった。約束だったんだ。家族との唯一の繋がりだったんだ。それ以外僕には何もないんだ。
 …本当にそれしかないと、思っているのか?
 そうだ。それしか僕には何も、
 …違う。あったじゃないか、僕にも。
 確かに、最初はそうだった。家族を失ったあの日から僕には約束しかなかった。
 でもそんなのは最初だけで。
 僕にもいたじゃないか。同じ夢を目指す、そんな人たちが。
 クドとリサ。彼女たちはいつも僕の傍にいて。だからこそ僕は思ったじゃないか。
 ――ここならば、生きていけると。
 「…そうだよ。それでいいんだ。君はもう“旅の道連れ”とは一緒じゃない。君は選ぶことができるんだ。だから、それでいい」
 スプートニクの言葉ではっと我に返る。
 気がつけば手の中から拳銃は消え去っていて。
 「あえて君に言おうか。生きて欲しい、と」
 「…君は、どうして」
 僕の言葉を遮るような形でスプートニクは口を開いた。
 「さて、これで君との繋がりは切れたね。君は境界線の向こう側に今、歩き出した」
 「まさか…」
 「そう、もうお別れさ。君とはもう仲間でもなんでもない、同等でもない」
 「待って。待ってくれ」
 僕はまだスプートニクのことを何も知らないし、何もスプートニクに言ってない。
 「ううん、待てないよ。だって言うじゃないか。時は金なりって」
 すう、と僕の体もスプートニクの体も薄く透け始める。
 それは、夢から覚める合図。
 必死にスプートニクに向かって手を伸ばそうとする。その手を取ろうとする。引き留めようとする。
 けれども、もはや透け切った指はスプートニクの体をかするばかりで。
 「…また、君のような人に会えるといいね」
 僕の向こう側を見ながらスプートニクは呟く。
 「待って! 僕は君に言ってないことが――」
 ――ありがとうと。
 夢を見させてくれて、ありがとうと。そうまだ君に言っていない。
 「いいんだ。言わなくて。君の言いたいことは分かっているよ」
 「…スプートニク」
 僕がそう呟いたのと同時に、僕もスプートニクも完璧に消え去る。
 その瞬間。
 スプートニクが笑ったような気がした。
 絶対に笑えないはずの君が笑ったような。
 ありえないことだけど。確かに僕は見たんだ。
 君が、笑ったのを。



 あの時のように僕は展望台にいた。今度はあの時と違って誰もいない。
 明日が三回目の有人飛行実験だ。
 失敗しても、成功してもこれが最後の飛行実験。少なくとも僕たち三人の中では。
 「やあ」
 唐突に後ろから声がかかる。振り向くとそこにはリサがいた。
 「君は、行くのかい?」
 「ああ」
 リサは短く答えた。
 「プショークだって、もし私の立場だったら行くだろう?」
 「まあね」
 僕は、いや僕たちは宇宙へ行くためだけに生きていると言っても過言ではない。
 それほど宇宙に憧れて、恋焦がれていた。
 「…クドはさ、曖昧に言ったようだけど、あたしははっきりと言うよ」
 ぽつりとリサは言った。
 「え?」
 「あたしはもうここに帰ってくることはないと思う」
 「どういうこと?」
 「そのまんまの意味さ。なんとなく、そんな予感がするんだ」
 宇宙飛行士の予感だとリサは笑って言う。
 笑えない。笑えないよ。
 「だからさ、これ貰ってくれないか」
 そう言ってこちらに何かを投げてくる。
 僕は慌ててそれをキャッチする。ひんやりとした感覚。
 それは懐中時計だった。あちこち傷だらけの。リサが大事に使っていた懐中時計。
 「…止めようよ。こんな、形見分けみたいなこと」
 「形見分けだよ。宇宙で燃えてしまったら、地上にいる人には何も残せないんだからさ」
 「確かに、そうだけど」
 「それにさ、あたし思ったんだ」
 「何を?」
 僕の質問に対しリサは僕の隣に並び直して、柵によっかかるような体勢で答える。
 「あたしたち三人がみんな家族を失っているのは偶然なんかじゃない、って」
 「え?」
 「きっとそういう人を選んだのだろうね」
 「どうして?」
 「地上に帰りを待つ人が居たら、地上に対して未練が残るだろ? そうならないためにさ。きっと」
 けれど、とリサは続ける。
 「現実はそう簡単にはいかなかった。あたしには帰りを待ってくれる人がいる。プショーク、君さ」
 「…!」
 「きっとプショークとあたしが居たから、クドも旅立てたんだろうよ」
 「そんなの、勝手すぎないか? 僕だけが二度も失う悲しみを味わうなんて」
 「だからこその形見分けさ。あたしがこの世界から消え去っても、あたしの魂の欠片がそこには宿っている。クドだってプショークに託しているはずさ」
 「…約束、約束したんだ。いつか三人でウユニ塩湖へ行こうって」
 約束した本人が破ってどうすんだよ。
 なあ、クド。
 三人で、って言ったじゃないか。
 「もしも、プショークだけ生き残ってもクドとの約束を守ってくれないかな。随分と身勝手な話しだとは思うけどさ」
 深々と頭を下げながらリサは言う。
 クドとの約束。その約束の本当の意味は忘れないこと。
 今、この瞬間を忘れないこと。
 忘れたくないのは僕だって同じだ。きっとクドも、そしてリサも同じだろう。
 「…うん」
 僕の返事を聞くと、リサは頭を上げて笑った。
 ありがとう、と。

 ――そして僕だけが生き残った。

03.
 ――あれからもう数十年も経って、かの国の宇宙飛行士が月に辿り着いたり、世界では様々なことがあった。もちろん、僕自身にも。
 僕たちの旅の始まりは一体、どこだったのだろう。
 みんな同じ終着点(そこ)に行こうとして、誰ひとり辿りつけなかったけれども。
 そして、ここが、もう一つの終着点。
 ――ウユニ塩湖。クドが望んだもう一つの終着点。
 水面には宇宙が映り込んでいる。
 僕がそれを掬おうとすると、まるでそれは幻のように水面から消えていく。
 それでも、宇宙はこんなに近くに、あったんだ。
 なんだか少し拍子抜けした。
 僕たちがあんなにももがき、苦しみ、必死で手に入れようとしたものがこんなにも近くにあったなんて。
 「そんなものか、この世は」
 少し自嘲気味な僕の独り言は闇に吸い込まれていった。
 まるで慰めるかのように、潮風が優しく頬をなでる。
 でも僕は忘れない。
 この宇宙に命を散らしていった彼女たちのことを。
 僕は空を見上げる。
 水面に映っているものと寸分違わぬ星空がそこにはあった。
 まるで夜空を分断するかのように天の川が流れている。
 『――私たちが銀河の端に住んでいてよかったね』
 ふいに、クドの声が、蘇ってくる。
 つう、と頬に一筋の涙が伝って、落ちた。
 僕はそれをぬぐうこともせずにただ空を見つめる。
 やがてこの涙もこの湖の、この宇宙の一部になるのだろう。
 この宇宙のどこかに今もいる彼女たちに、そしてスプートニクに思いを馳せながら、そんなことを思った。
 ねえ、クド。リサ。そして、スプートニク。
 僕は君たちのことを忘れたりはしない。
 この世界に宇宙というものがある限りは。
 そして僕は君たちの帰りをずっと地上で待っているから。
 早く、還ってきて、と。
 無理な願いだとは思いつつも。そう願わずにはいられなかった。
 けれども、こんなに宇宙が近いのだったら、きっと伝わるとそう思った。
 まるで僕の願いに答えるように、遥か彼方の星がきらりと強く、瞬いた。


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 蝉の声が鳴り響く夏の昼下がり。
 僕は彼女と出会ったのであった。



銀河鉄道の猫


01. 
 「それじゃ、行ってくるよ」
 そう言って、返事も聞かずに僕は家を出た。
 ドアを閉めて、小さく伸びをする。みしりと肩が軋む音がした。
 力が欲しいと最近の僕は思う。
 いつも学校で友達にからかわれている親友を守れることができたなら、どんなにいいだろう。
 孤独を纏って生きている親友の彼から、少しでも孤独をひき剥がすことができたなら。
 1つ大きなため息をついて、商店街へと向かおうと一歩踏み出す。
 それをまるで阻むかのように、ざああっと大きな風が吹く。舗装されてない道路の土が舞う。思わず僕は目を閉じた。
 数秒経って、風も通り過ぎたと思わる頃、僕はそっと目を開けた。
 「こんにちは」
 目の前には少女が立っていた。まるで風が連れてきたとでも言うように。
 首を傾げながら彼女は笑う。長く、夜のように真っ黒な髪が夏の太陽の光を受けて煌めいた。
 首には赤いリボンが巻かれていた。なんとなく、どこかで見たことがあるような気がする。
 「君は…?」
 「私ですか?」
 ほっそりとした指で自身の顔をさして彼女は問う。自分以外に一体誰がいるのだというのだろう。
 「私はですね、お礼をしに来たんです」
 「お礼?」
 学校でも、それ意外でもお礼をされるようなことをした覚えなんてどこにもなかった。それ以前に彼女自身に見覚えがなかった。
 「やっぱり、覚えてませんよね」
 少しだけ淋しそうな表情をして、彼女は笑った。
 向こうは覚えてくれているのに。僕はまるで覚えていない、だなんて。
 罪悪感のようなもやもやしたもの心にが重くのしかかる。
 「でもしょうがないです。むしろ覚えていなくて当然です。だって私は、」
 猫だったんですから、と、
 さらりと彼女は言ってのけた。
 「え…?」
 「覚えていませんか? 車に轢かれそうな私を必死にあなたが助けてくれたんですよ」
 確かに。確かにちょうど1週間前ほど車に轢かれそうな猫を助けた。けど、
 「信じてくれませんよね。でもこのリボンはあなたがくれたものですよ」
 そっと、大事そうに彼女は首に巻いているリボンに触れた。
 言われてみればそれはあの時、あの猫にあげたリボンとそっくりだった。
 「まさか本当に…?」
 「ええ」
 彼女は頷いた。
 その夜のような真っ黒な髪も、真夏の太陽のような黄金の瞳も言われてみればあの黒猫にそっくりで。
 「あの時は本当にありがとうございました」
 深々と彼女はお辞儀をする。
 「この恩は一生忘れません。いつか絶対、恩返しします」
 「いいって、別に」
 当然のことをしたまでだからという言葉は、どこか気恥かしくて声にならなかった。
 「あら、猫は意外と義理堅いんですよ?」
 そう彼女は冗談っぽく言って、ウィンクをした。

 僕と彼女は商店街を歩いている。
 もうすぐ銀河のお祭りだからか、商店街と、商店街の人はどこかそわそわしていた。
 商店街の至る所に星とか、月とか、銀河をモチーフにした飾りが飾られている。
 無言で僕らは歩いていた。どこへ向かうのでもなく、ただぶらぶらと。まるで、猫のように気ままに歩いていた。
 ちらりと彼女の方を見ると、鼻歌を歌いながら時折、ちらちらとお店のショーウィンドウのほうへと視線を移していた。
 ぴたり、と僕が足を止めると、彼女もそれに合わせるかのように足をとめた。
 「ねえ、君はさ…」
 「あまり、街中で私に話しかけない方がいいですよ?」
 「どういうこと?」
 訳を尋ねる僕に対し、彼女は無言でショーウィンドウの方を指した。
 視線をそちらに移すと、そこにはいくつもの星座早見盤が飾ってあった。シンプルな実用的なものからインテリア用の古代の星座早見盤をモチーフにした凝ったものまで、様々なものが置いてある。まるでいくつもの宇宙がそこにあるような、そんな感じを受けた。
 全体的に黒をメインにショーウィンドウが飾りつけられているせいか、ガラスに映った僕はやけにくっきりとしていて、僕は彼と目が合った。
 隣にはこちらに向かって指を指している彼女、ではなく、
 黒猫が映っていた。
 「残念ながら、あなた以外には私はいつも通り猫として見られているんです」
 「どうして?」
 さっきより、幾分小声で彼女に尋ねる。
 「魔法も万能じゃないってことですね。多分」
 ガラスの向こうの彼女はそう言ってしっぽを振った。その姿はどことなく淋しそうで。
 「魔法?」
 「その話をするとなると長くなるので、別の所に行きませんか?」
 返事をする暇もなく彼女は唐突に歩き出した。
 「ちょっと、待って!」
 まるで猫のようだと思った。いや、本当に猫なのだとガラスに映った彼女の姿を見て、僕は慌てて彼女を追いかけた。

 「これ、おいしそうですね」
 黄金の瞳をきらきらと輝かせて、彼女は様々な和菓子が飾られているガラスケースにへばりついている。
 おでこに痕がつくのもお構いなしに、彼女はじっくりと和菓子を眺め続けている。
 きっと傍から見たら、猫が興味津津でガラスケースを覗きこんでいるという微笑ましい光景になのだろう。確かにここの甘味所の和菓子はおいしいけれど。
 昔はよく僕とお父さんと、親友と親友のお父さんと一緒に来ていたけれど。今は。
 「らっこの上着…か」
 「?」
 不思議そうに彼女は首を傾げながら、僕の方を見た。
 「…なんでもない。それよりもほら、行こう」
 「そうですね」
 何かを感じ取ったのか何も尋ねることは無く、そう言って彼女は再びふらりと歩き出した。
 しばらく無言で歩く。時折身体を吹き抜ける風が心地よい。
 「着きました」
 くるりと彼女はふり返る。夜のような髪の毛が広がって、烏の翼のように見えた。
 彼女の言っていた別の場所というのはどうやら河原のようだった。さらさらと流れる透明な水の中、魚や鳥たちが気持ちよさそうに泳いでいる。もうすぐやってくる銀河のお祭りの時には、ここから烏うりを流すのだろう。
 「ここ、好きなんですよね。お昼寝すると気持ちよくって」
 んーと大きく伸びをしながら彼女は言った。どことなく目がとろんとしている。
 「さ、座りましょう」
 「そうだね」
 できるだけ人目に付かない所を探して僕と彼女は座る。どこか遠くから子供たちがはしゃいでる声が聞こえてくる。
 「実を言うと私にもよく分からないんです。どうして人間の姿になれたのか」
 「え…?」
 「私、あなたに助けられたあの日の晩に祈ったんです。流れ星に。私を助けてくれた人にお礼を言いたいから、一瞬でもいいから人間にして下さいって。そしたら本当に人間になっていて…嬉しくなって、ここの川面で自分の姿を見たら、映ったのは猫の私だったんです。だから、不安だったんです。あなたにも私の姿が猫としてしか見えてないんじゃないかって、見えていても私のことなんて覚えていないんじゃないかって」
魔法は万能じゃないんですよ、と商店街で彼女が言った言葉をふと思い出した。
 「覚えているよ、僕は。助ける前からずっと君のことは知っていたんだ。その太陽みたいな黄金の瞳が綺麗だなって。僕はずっと、思っていたんだ」
 「ありがとうございます」
 少しだけ恥ずかしそうに彼女は笑った。
 「でも私は何か意味があると思うんです。私が人間になれたことには」
 「意味?」
 「ええ。きっと何か理由があって神様は私を人間にしてくれたと思うんです。そうでなければ猫のお願いなんて叶えてくれるはずもありませんから。魔法には必ず何か意味があると思うんです」
 「僕もさ、いつも願うんだ」
 気がつけば僕の口は言葉を紡ぎだしていた。
 「力が欲しいって。親友を守れるくらいの力が欲しいって。でもその願いは一向に叶わないままなんだ。僕は少しだけ、ほんの少しだけ神様ってやつを憎んだ。でも違ったんだ…今ならそう思えるよ」
 彼女は何も言わずに僕の話を聞いていた。けれどその眼差しはどこか優しげなものだった。
 「その優しさこそが力であり、魔法ですよ。だってあなたは私を助けてくれたんですから。見知らぬ猫の私を助けられるのであったら、その親友の方も必ず助けられますよ」
 「そうかな」
 「ええ」
 僕は親友を守れるだろうか。孤独から、学校の友達から。今の僕なら守れるような気がした。
 それから僕と彼女はただ、無言で空を見つめていた。時折吹く風だけが僕らを優しく包んでいく。
 もう何回か夜を越えたら銀河のお祭りがやってくる。でも今年の銀河のお祭りはいつもとは違う、そんな予感がする。
 どこか遠くで汽笛の音がしたような、気がした。

02.
 がたん、ごとん。がたん、ごとん。
 列車は規則的に音をたてて走っている。
 揺られて転ばないように、ゆっくりと臙脂色の絨毯を踏みしめて通路を歩く。
 通路を挟んで左右にあるボックスシートはどれも空席だった。
 ただ列車の走行音だけが響き渡る車内で、1人ボックスシートに座っている彼の姿を見つける。遠くから見た彼の表情はどこか淋しそうで、窓の外をじっと見つめていた。
 「こんにちは」
 ひょこっと顔を出した私を見て、彼は少しだけ驚いたようだった。
 私はそのまま向かい側の席に座る。ちょうど彼の真正面にくるように。ふかふかの赤いビロード製のシートに私の身体は沈み込む。
 「まさか君が来るとは、びっくりだ。この列車は一体どこへ?」
 闇の中にちらほらと、まるで黒い布に縫い付けられたビーズのような星を見つめながら彼は言う。
 地上から見ると密集しているように見える星も、こうして見るとその感覚は広くどの星も独りで輝いているように思えた。まるで自分の存在を主張するかのように。
 「私にも分かりません」
 私は静かに首を振る。
 「それよりも、ほら、あそこにアルビレオが」
 彼は私の指した方にゆっくりと視線を移す。
 そこでは、エメラルドグリーンの星とオレンジの星が寄り添うようにして輝いてた。
 「本当だ。あそこにはさそり座が。ケンタウルスが心臓を狙っているよ」
 柘榴色をしているアンタレスは時折、ちらちらと瞬く。それがまるで心臓が鼓動を刻んでいるかのように見える。
 ケンタウルスの矢は今にもさそりの心臓に放たれそうで。私はどこか異国の神話を思い出した。
 「なにか飲もうか」
 そう言って彼は窓から顔を離して乗務員を呼ぶ。乗務員は紺色の制服に、同じく紺色の制帽を深くかぶっていて、その表情は窺いしれない。
 「コーヒーを1つ。君は?」
 こちらに振り返りながら彼は聞く。
 「それじゃあ紅茶でお願いします」
 彼は乗務員にコーヒーと紅茶を頼み、私に紅茶を手渡すと唐突に話を切り出した。
 「僕は前にもこんな状況を経験したことがある気がするんだ。夢かもしれないけれど。こうやって列車に乗ってた、そんな気がする」
 「そう」
 私は缶のプルトップを開けながら相づちを打つ。
 「でも一緒に乗っていたのは君じゃなくて親友だったんだ。何故だかは分からないけれど…」
 やっとの思いでプルトップを開け、私は缶に口を付けて紅茶を飲む。初めて飲んだ紅茶は渋くて、ほろ苦かった。
 「…でもそれしか覚えていないんだ。どうしてこの列車に乗ったのかも、なんで親友を一緒だったのかも、何もかも分からない」
 「そう…ですか」
 全部知っている。なんで彼がこの列車に乗っているのかも、全部。
 でも言うわけにはいかない。彼は優しいから、こんな私でさえ命がけで助けてくれるくらい優しいから、きっと訳を言ったらひどく傷つき、自分を責めたててしまうだろう。
 ぎゅっと強く缶を握り締める。行き場のないこの気持ちを缶に押し付けた。スチールの缶は硬く、私の手を痛めつけるだけだった。
 「それよりもほら、あそこを見て下さい。化石を発掘している人たちがいますよ」
 何の化石を発掘しているのだろうか。きらきらとトパーズやルビーが散りばめられている地面を人々がシャベルなどで掘り出している。シャベルやつるはしによって宝石のような石たちが割られ、欠片が中に舞う。光が反射して、遠くから見ると雪のようにも見えた。
 「すごく、綺麗だ」
 彼は目を輝かせてその光景を熱心に見つめている。
 「天の川にいた魚の化石を発掘しているのかな。その骨はきっと水晶のように透明で、綺麗なんだろうな」
 「そうかも知れませんね」
 私は手の中でいじくっていた、既に空の缶を窓際に置いて答える。
 紺色の缶が星の光をうけて、まるで小さな宇宙のように煌めいている。
 「星は命を燃やしているんだよ」
 化石発掘をしている人を後方へと見送りながら、ぽつりと彼は言った。
 「何億年もの間ずっと、燃やし続けているんだ。今見えているあの星は、何億年もの長い時間をかけて僕たちにその輝きを届けているんだ」
 「随分と博識なんですね」
 「親友と一緒に呼んだ雑誌にそう書いてあったんだ。僕のお父さんは博士なんだ」
 懐かしそうに目を細めながら彼は言う。
 そうこうしているうちに遥か前方に、サウザンクロスが見えてきた。
 「サウザンクロスが見えてきたね」
 彼も気がついたのか、興味深げに窓の外を見つめている。
 「ハルレヤ」
 小さく彼は呟いて、お祈りをする。私もそれにならってハルレヤと呟いた。
 このままずっと彼といられればいいのに。悲しくて、少しだけ泣きそうになった。
 「僕たちはこのままどこへ行くんだい?」
 「もうすぐ、目的地に着きますよ」
 「目的地って?」
 私はその彼の問いに答えずに、ごまかすようにもう一度ハルレヤと呟いた。
 「…あなたとずっと一緒にいれたらいいのに」
 「どういう意味だい?」
 「なんでも、ないですよ」
 「嫌だ、行かないでおくれよ」
 なにかを感じ取ったのか、彼は私の服の裾を掴むと涙交じりの声でそう言った。
 「大丈夫、あなたにはここじゃない所にあなたの帰りを待っている人がいますから」
 今にも泣きそうな彼のおでこに私はやさしく口づけをした。
 さようなら。また、いつか。

03.
 「――おい!おい!」
 誰かが自分を呼んでいるような、そんな気がして彼はゆっくりと目を開けました。
 そこには彼の親友の姿がありました。親友は、自身の瞳に涙をいっぱい溜めて彼を見つめています。
 「君…どうして…」
 そこまで言いかけて、彼は自分の身体がびしょびしょに濡れていることに初めて気がつきました。彼の周りには水たまりができて、まるで小さな海のようになっています。
 (そっか、僕はボートから落ちた友達を助けようとして――)
 「どうして、だなんて…君は…君はっ…」
 ぽろぽろと、真珠のような涙を親友は流しながら言います。
 涙は地面に落ちて、水たまりの一部となっていきます。
 彼は申し訳ない気持でいっぱいで、何も言えずただその光景を見つめていました。
 「…前にも、こんなことがあったような気がしたんだ」
 「前にも?」
 親友は涙を拭いながら頷きました。
 「夢かもしれないけど…いや夢だと思うけど、今日みたいな銀河のお祭りの日にこんなことがあったような気がするんだ…。こんな風に友達を助けようとして、君が川に飛び込んで溺れたことが…あったような気がしたんだ」
 (そうだ、本当はあの列車には親友と乗っていたんだ…)
 彼は、自分もそんな経験をしたとは言いませんでした。なんとなく言わない方がいいような気がしたのです。それにその話が本当だとすれば、あの時一緒に乗っていた彼女がどうなっているかなんて簡単に想像が彼にはついたのでした。
 「でも本当によかった…君のことを黒猫が必至にひっぱっていたんだ。あの黒猫がいなければ僕たちは君のことを見つけられなかったと思うよ」
 「黒猫…」
 彼女のことだと彼は確信しました。夜のような髪と太陽のような黄金の瞳を持つ彼女。
 「その猫は?」
 彼は親友に尋ねました。
 親友は静かに首を振って、少し離れた場所を指しました。そこは偶然にも彼女のお気に入りの場所でした。
 そこには土盛りがありました。土盛りには木の枝で作られた十字架がささっていました。サウザンクロスだ、と彼は思いました。
 彼は濡れた身体を起し、土盛りに近づいて手を合わせ、目を閉じて彼女の事を思い浮かべました。
 「ハルレヤ」
 不思議そうに首を傾げる親友をよそに、そう彼は小さく呟きました。
 「こんなものが首に付いていたんだ」
 親友は湿った赤いリボンを彼の手の上に乗せます。それは間違いなく彼が彼女にあげたものでした。
 「これは僕があげたものだ」
 そう言って、彼は十字架にそれを丁寧に結びつけました。
 「…行こう。濡れたままじゃ風邪をひいてしまうよ」
 「そうだね」
 頷いて、彼は立ちあがりました。
 気がつけばもう辺りは暗く、空には星々が輝いています。
 牛乳をこぼしたような、天の川が空を二分するように流れています。
 その中で一瞬、強く輝いた星に彼は彼女の姿を見たのでした。


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